東日本大震災被災地支援活動報告

■ 太田 昌資 先生「東日本大震災医療支援チーム 現地レポート」
<4月28日(木)~4月30日(土)>

4月28日、JMAT医療支援兵庫県医師会第19陣として、同じ明石市医師会16組の眼科小山英治先生達と仙台空港を経由し石巻に入り、谷澤先生や伊賀先生達と交代で医療支援に入りました。

16年前の阪神淡路大震災の時は、柏原赤十字病院に単身赴任中であったため震災当日から災害救護班としてや神戸に出動したのですが、西宮の家族とは連絡が取れず救護活動中も心配と不安が いっぱいでした。そんな中、各地から集まってくる救護班やラジオから流れる全国からの支援のニュースに感激し、大袈裟でなく涙が出るほどうれしかった。その時の気持ちは16年たっても 忘れることはありません。今回の医療支援にはその時の何分の一でも恩返しができたらと思い応募しました。

医療支援は赤十字病院時代に何度か救護班として出動していたのですが、医師会としての支援活動は初めてで、若干不安を感じていましたが、先輩諸氏の努力のおかげでスムースに引き継いで いけました。また震災から1か月半経っていたため避難者も減少し、診療所を訪れる患者数も日に10数人程とかなり少なくなっています。仮設住宅もあちらこちらで見かけ、学校も再開に動いており、 避難所と共に医療支援も縮小し地元医療機関に業務を移譲する時期になってきている感じです。ただ、避難者の状況は阪神淡路大震災と比べると格段に悪化しています。地域が広く津波による被災 という条件の差もあるでしょうが、未だプライバシーもなく、避難所によっては食事もかなり粗末で疲労の極にある感じです。特に石巻中学校体育館の避難者の疲れ切った顔つきは胸に来るものがあります。

ゴールデンウィークに岩手にボランティアに行っていた大学生が“1週間カップ麺ばかり食べていたら口内炎ができたものが大勢いた”と話してくれました。若者でもこうですから老人では いかがなものでしょう。衣食住の量と共に質の向上が望まれます。当然支援の質も変化していかねばならないでしょう。今までに経験がない災害ですから、過去の経験は活かしながら、発想の 転換が必要でしょう。今現在、我々に何ができるのだろうと考えさせられた経験でした。また、今後も考え続けていかねばならない課題だと思っています。